2008年12月20日

85年の年月を経て

地域の文化と言うものは、親から子どもへ、子どもから孫へと
代々受け継がれて来るものであって、それが地域の(田舎の)良いところであり
時には頑な(閉鎖的な?)様にも捕らえられるのであろうが

実に85年ぶりに小さな祠が新築された。



85年の歳月は小さな祠を朽ち果てさせるには十分な時であった様で、かなりぼろぼろになっている。

僅か数軒しかない集落だけど、むかしから畏敬の念を持って奉り続けた祠を立て直すことは文字通り集落の一大事業である。

当日は近くの集落のからも加勢の手が集い、山道を担いで上がった。



以前あった土台の上に無事に設置され



遷座祭のお祭が行われ、この地で伝わる神楽が奉納された。

現在この地の長老の方(70歳ほどかな?)でも以前の宮の新築のことは当然知らずとも、親から伝えられたことを大事に受け継ぎ、この光景を子どもや孫が目に焼き付けて後世に伝えていければと思う次第であった。

宮やしろ 開いてみれぞ 何も無し
御幣ぞ神の 姿なるもの


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Posted by グージー at 10:58 │地域の話題
この記事へのコメント
古くなった祠はお焚き上げなんでしょうか?

脈々と受け継がれているものは、大事にしたいですね。しなければいけませんね。
Posted by ゴン at 2008年12月20日 14:02
>ゴンさん
古い祠は朽ち果てるまでそっとこの森で余生を過ごしながら、集落を見守り続ける事でしょう
それが木の魂のあるべき姿だとおもいます。
Posted by グージー at 2008年12月20日 21:07
これで、集落の結束が、強くなったのではないでしょうか。

すごく、良いことです。

声なき物に、心を入れることが、「気付く人間」を、造るのだと、思います。

柱の杜。

タイトルらしい内容でした。
Posted by 助さん at 2008年12月22日 02:54
>助さん
地域の連帯、ましてや先輩方の気持ちを若い世代の心の中に、あらためて焼き付ける事が出来たのではないでしょうか!
そこに人が住む限り、大切に祭られる事でしょう
Posted by グージー at 2008年12月26日 08:42
いやいや、立派な祠が出来ましたね。
子供たちもきっと忘れないと思います。
そして、大きくなって
「うちらが子供のときに出来たんだよ。昔の祠もこの山に眠ってるんだよ。」
と子供たちに語ってくれるでしょう。
Posted by つーやん at 2008年12月26日 13:22

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